2018
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塩抜き

最近読んだ本によると、「減塩」という思想は少々古いそうだ。
かねてより日本人は塩分を摂りすぎだと言われてきたが、それはあくまでも欧米人基準での話。最新の研究によれば、海水に囲まれた島国で遺伝子を繋げてきた我々は、どうやらほかの人種よりも塩分を排出する能力に長けているらしい。むしろ、塩分を気にするあまりナトリウム不足に陥ることのほうが遥かに問題だとかなんとか。

そこで近年提唱されているのが、「適塩」の概念だという。
減塩から適塩へ。文字だけを見ると「なにを当たり前のことを」と思ってしまいそうになるが、なまじ中途半端に知能のある人間は極端から極端へと振れやすい。廃仏毀釈や戦後民主化などを例に出すまでもなく、とかく我々は新しい価値観に触れると古い常識を土に埋めて隠したくなる性分であるようだ。しかし、パラダイムシフトとはけっして過去を全否定することではない。

長らく塩漬け状態だった当サイトを塩抜きしてみたのは、懐かしい味を思い出したくなったからだ。

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かつての僕は、それはそれは頻繁に長文を吐き出しつづけたものだった。
書くのが好き、などという次元の話ではなく、回遊魚のごとき決死の覚悟で四六時中キーボードを打ち鳴らしていた記憶がある。まだ「ブログ」なる単語が市民権を得る以前、メモ帳でちまちまHTMLを直打ちしていたテキストサイトの時代から、形を変えつつずっとだ。

それらはコラムやエッセイと呼べるような代物ではなく、思索の最終処分場とも言うべき掃き溜めでしかなかったが、活きのよい鶴が混ぎれていることも時折はあった。その鶴を捕まえる快感が僕を突き動かしていたのかもしれないし、そいつの首を絞めるところまで含めてのカタルシスだったのかもしれない。
いずれにせよ、現在の僕が売文を生業としていることの礎は、あの膨大な言葉の埋め立て地のなかにあったように思う。

しかし習慣というのは奇妙なもので、継続しているときは銀河の寿命よりも長く永久につづくかのように思えるのに、一度途絶えてしまうと今度は「やらない」状態こそが日常になってしまうもの。
ある時期から、僕はほとんどその種の文章を書かなくなった。明確な意思をもって中断したわけではない。遠距離恋愛の恋人たちのような具合で、自然の流れで逢瀬の頻度が低下していったのだった。

忙しくなったから? ひとりで飲みに出る癖がついたから? 執筆が本業になったおかげで金にならない文章を書く意欲が減退したから? 気軽に書けないような深刻なできごとが身のまわりで起きたから?
理由はいくつもある。が、いずれも決定打ではない。似たような境遇でも毎日ブログを書いている人は世のなかにいくらでもいるのだ。

つまるところ、「飽きてしまった」という以外に説明のしようがなかった。いくらラーメンが好きでも毎日ラーメンばかり食べていたら飽きるように。たとえ飽きなくても健康に悪いように。ましてやそれが半ば義務化していたとしたら。
次第に胃が受けつけなくなるのは、ごく自然な話だった。

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それでも、ドメインやサーバーを解約することなくこの場所を維持しつづけてきたのは、いつか「飽きる」ことにも飽きる日がくるだろうと心の片隅で思っていたからにほかならない。
もともと誰に頼まれるでもなく勝手にはじめて、かれこれ10年以上もつづけてきたサイトなのだ。適度なインターバルさえあれば、また勝手に再開したくなるに違いなかった。それがたまたま今だった、というだけのことだ。

いわば塩抜きされたのは、サイトの側ではなく僕の側だったのかもしれない。日記ともコラムともつかない思考の垂れ流しをするには、今ぐらいの浸透圧差がちょうどよい。なにより季節は僕が大好きな冬に足を踏み入れたところだ。新しくなにかをはじめるときは、いつだって冬がベストだった。

問題は、ブランクが実に5年にもなるという点だろうか。なにせ、ビートルズならデビューからホワイトアルバムに至るほどの歳月なのだ。率直なところ、僕はもう以前と同じような文章を書くことはできないと思う。なまじ仕事でいろいろなタイプの原稿を書くようになったことで、あのころのクセや文体は失ってしまった。
意味ありげでその実なにも語っていない、ひたすら遠回りを繰り返すだけで答えを出すつもりもない、シニフィエよりもシニフィアンだけで駆け抜ける、あのペダンティックな文体を再現することは、残念ながらもうできない。

だから、この塩漬けによって旨みが凝縮されたのか、それともただ腐敗しただけなのかの判断は、もう少し様子を見てみたいと思う。なあに、不味ければ棄てるだけのことだ。ここで迂闊に後ろを振り返ったら、塩の柱にされてしまう。