11
Jul,
2016
ソーシャルじっけん
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個人的にはとりたてて云々するほどの話でもないし、そんなことより愛する日本ハムファイターズが球団新記録となる15連勝を達成したことのほうが数兆倍重大なことなのですが、 思いのほか気にされている方がいらっしゃるようなので少々作文をば。

先日、世を忍ぶ仮の名前で細々とやっていたFacebookをさくさくっと退会いたしました。アプリを消すとかサイトを見ないとかそういうヌルい話じゃなく、完全削除。思い切りは大事です。

といっても、巷間叫ばれているようないわゆる「SNS疲れ」とかでは全然なくて、もっとずっと建設的かつポジティブな理由です。簡潔にいえば、タイムイズマネー的なやつ。

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昨夏より、ソーシャルメディアとの付き合いかたはずっと懸案事項となっておりました。さんざんTwitterもInstagramもブーム化する以前からいじくり倒してきた人間が今さら何を言ってやがるんだ、という声も聞こえてきそうですが、いやいや、だからこその懸案であるわけで。ほら、財布だって万年筆だって長く使わないと自分に合ってるかわからないじゃないですか。

如何せん、ソーシャルメディアというやつは簡単に時間を潰せすぎます。ただでさえ多趣味でやりたいことだらけな僕が、このまま有限な時間を無限の情報の渦のなかにデロデロンっと溶かしつづけていて良いのだろうか、とそんな哲学的なようでとても平々凡々な自問自答をたびたび繰り返していたわけです。

いや、楽しいんですよ。ぬるぬる指を動かしてだらだらタイムラインを眺めているのは楽しい。でも、楽しいからこそついつい時間を浪費してしまうんですよ。で、そういう浪費を必要とする時期もあれば、まったく必要でない時期もあるわけです。

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スポーツ選手で言うところのゾーンというやつに近いのでしょうか。ときおり僕には、自分でもびっくりするほど集中力が高まりまくる時期というのがあります。直近でいうと、4月下旬から6月上旬までがそれでした。この時期には、寝食も惜しんでひたすら創作に専念したくなります。まるで何かに取り憑かれたかのように。

クリエイティブなアウトプットというものは、できるときに一気にやるのが大原則です。修正はあとでもできますが、アウトプットはタイミングが重要。何十時間かけても無理なときは無理だし、ものの数十分であっさり素晴らしいものができることもある、そんなものです。

しかし困ったことに、僕はどれだけ絶好調のときでも、一度思考を中断させられると再び集中力を最高潮まで戻すのに時間がかかってしまうタイプでして。まあ控えめに言って一種の病気だとは思うんですが、作業に集中してるときに第三者から邪魔をされるのが本当に嫌いなんですね。

だから、絶好調状態のときには極力他人と関わりを持ちたくないのです。親愛なる友人知人とのコミュニケーションを軽視するつもりは毛頭ないのです が、この時期ばかりはふだんなら良い按配の距離感の人ですらも近すぎるように感じてしまいます。

ゾーン期とスランプ期とで人付き合いのスタンスが大きく変わるのは、僕にとってごく自然なことでした。まあ、このあたりが、僕が面倒くさい性格だと言われる所以なのですが。

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ソーシャルメディアはその最たるもの。コミュニケーションが可視化されているからこそ、ゾーン時にはあまりにも情報がうるさく感じられてしまいます。タイムラインを眺めていると、しんと澄み切った頭がぐじゃぐじゃに掻き回されるような感覚になるのです。情報の0と1がつモザイク化して視界を覆い尽くすような、そんなイメージ。

だから、シャットアウトしなきゃなーと。

とはいえ、この時代にまったくインターネットに触れないというのは現実的ではありません。情報収集にネットは欠かせませんし、アウトプット中だって新たなインプットは欲しいですから、やはり常にアンテナを張っていたいです。だいいち、基本的に僕はインターネット中毒ですし。伊達に21世紀初頭にテキストサイトをやってたわけじゃありません。

というわけで、いちばんうるさいSNSだけを削ろうかなと思い至ったわけです。この春の時点で僕が積極的に情報を発信していたソーシャルメディアは3つ。Twitterと、Instagramと、そしてFacebook。それぞれ一定期間ずつシャットアウトして、どれが最も影響が大きいのかを実験してみました。

それで、その結果、いちばんうるさくていちばん邪魔なメディアはFacebookだなーと。

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僕がSNSという概念に最初に触れたのは日本人としてはかなり早いほうだと思います。ネット界隈に詳しい友人がいたおかげで、招待性だった時期のOrkutからコミットしているほどですから。mixiも早くて、まだ登録者数が1,000人にも満たない頃から参加していました。しかし、いずれも早々に避難しています。

根本的にSNSの構造が性に合わないのだと思います。僕は急用と完全な無駄話以外の電話が好きではなくて、仕事の電話ですらできる限り出ないようにしているのですが、それは、こちらの意志と無関係に土足で割り込んでくるからです。SNSにも似た種類の傍若無人さがあります。

たとえどれほど仲の良い愛すべき友人であったとしても、感覚が過敏になっているときはやはり駄目です。「どこそこでなになにを食べてまーす!」みたいな文言とともに見知った顔写真が出てくると、どうにも情報の密度が濃すぎて、脳の内側から大声で呼ばれているかのような心地になってしまいます。作業に集中したいときには、それはノイズでしかありません。

一方Twitterは、意外と平気でした。やはり文字情報がメインだからでしょうか。写真の情報量がいかにとんでもないかを思い知らされますね。あとは、FacebookのTLが基本的に直接話したことのある人しか出てこないのに対し、Twitterは見ず知らずの人だらけだというのも良かったのだと思います。あまりリアリティがないので、フィクションを読んでいるような気分で眺めることができるのです。

結局は距離感の問題かもしれません。ここ3,4年ほど、距離感というのは僕のなかで結構重要になっているタームです。少しよそよそしいぐらいが心地よい。

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とまあ、そんなわけで、Facebookには永遠にグッバイしました。

ネックだったのは、Facebook経由でしか連絡を取れない人が何人かいたということだったのですが、そのあたりを解消するために最後の数週間は積極的に各種創作活動へのリンクを貼りまくりました。従来は切り離していたんですが、あれは意図的なものです。どうしても連絡しないといけない事情があったら連絡できる程度の経路は残そうかなと。

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ところで、本記事のタイトルはもちろん「ソーカル事件」のパロディです。果たして、境界を侵犯したのは誰なのでしょうね。あるいは審判したのかも。

などと煙に巻いてお茶を濁したところで、久々のブログを締めます。

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